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芸術家一覧(133名)
【カテゴリ:現代美術(平面)】

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絵画とはヴィジュアルの世界である。 抽象的リズム、鮮やかな発色、気持ち良いタッチ、美味しそうな絵肌、心地良い色配り…… これらは美しい絵画を生み出す上で必要不可欠な要素だ。 意味や概念などに囚われず、画面上の純粋美だけを感じてほしい。 絵画とは「何が描いてあるか」ではなく「どう描いてあるか」が重要である。 人類に共有されている普遍的な深層心理に働きかけ、美しさで心を奪う。 私はそういった絵が描きたい。 「絶対的美的価値基準」は存在すると信じている。 それが何であるのか探求し、新たな美的価値基準を発見し定義することこそが私の使命だ。 【略歴】 1991 茨城県に生まれる 2016 東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻 卒業 2018 Art Lab TOKYOに所属 【受賞歴】 2012 ポコラート全国公募 入選 2014 ACTアート大賞展2014 優秀賞 2014 GEISAI#20 ポイントランキング9位 2015 ACTアート大賞展2015 優秀賞 2015 ターナーアワード2015 未来賞 2016 ACTアート大賞展2016 佳作 2018 ワンダーシード入選 【メディア出演歴】 2014「現代美術史日本篇」(中ザワヒデキ著) 2016「AbemaPrime」ざっくり!社会学(AbemaTV) 2017「ブレイク前夜〜次世代の芸術家たち〜」(BSフジ) 【プロフィール】 主に抽象画と布を使ったインスタレーションで「純粋美」を表現しています。 オルタナティブスペース・交流バー「早稲田あかね」で毎週土曜日スタッフをしています。アーティストやアートファンの溜まり場を作りたく、イベントを月2〜3回開催しています。現在興味があることは写ルンですで写真を撮ることと、詩と絵の合作です。 よろしくお願い申し上げます。

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Kannaは「儀式としての絵」を生む、国内外で活躍するアーティストである。 そして作品ができる過程を彼女は「祭り」と呼んでいる。 茨城の雄大な自然に囲まれて育ち、 絵を描く事で自分の中の何かを表現するようになる。 そして作品は、彼女の自我を超えていった。 「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」 これはゴーギャンの遺作のタイトルであると同時に人間の根源的な命題である。 芸術に宇宙科学、量子力学、分野や時代を超えて、 ヒトはこの大きな問いの答えを求めている。 そしてその全貌がわかる日は来ないのかもしれない。 しかし、私達は確かに感じるのである。 命の誕生、またたく星、自然災害の時でさえ、 壮大な、人知を超えた何かを感じるのだ。 地球上には色々な宗教や信仰がある。 現代の科学により、宗教は力を弱めたという声も聞くが、 今こそ必要なものではないだろうか? 彼女はアーティストとして、儀式としての絵を生む。「祭り」を行う。 命、宇宙、全てのものを創造した何かを想う祭り。 Kannaは絵の具に砂、土を混ぜ、手で本能的に描く。 前の絵柄を消す事を恐れない。 人知を超えた「何か」に、尊敬を抱きながらする儀式。 彼女の祭りにはリハーサルなど無いようだ。 2019年4月、彼女が東京藝大に入学して半年後、 元サザビーズジャパン代表柴山哲治氏がオークショニアを務める藝大オーク ションに出品・落札される。 また、お江戸「上野・浅草まつり」や、「 OTEMACHI ART Lab powered by GEIDAI COI」 「art.0 一芸術と都市の誕生一 」にて製作。 2020年8月にはニューヨークのチェルシー「Noho gallery」にてライブペイント予定である。 ​ (JCAT.com より引用)

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 Takayuki Hibino 1.ホログラムズコラージュ技法の研究開発および作品の制作  1990年に考案した“ホログラムズコラージュ”は、キャンバスやボードなどの平面、オブジェなどの立体にホログラムフィルムをコラージュして表現する世界唯一の表現技法です。その技法はホログラムフィルムをカットし、形状、サイズ、パターンの組み合わせ、貼り合わせ方と貼る角度(方向)により、虹色の輝き(波長)の変化(動き)をコントロールして作品を作りあげることができる世界唯一の新技法である。 ”ホログラムズコラージュ”重要なオリジナリティ(特長)がある。 “ホログラムズコラージュ”の平面作品では、2次元+時間 “ホログラムズコラージュ”の立体作品では、3次元+時間となる。 これは、表面にコラージュしたホログラムの虹色の輝き(波長)の変化(動き)によって、 時間が生まれ、虹色の輝きの波長により空間が生まれるためである。 この+時間こそが、世界唯一の新技法“ホログラムズコラージュ”の最大のオリジナリティである。  ホログラムズコラージュの作品には龍、曼荼羅、家紋、日本の伝統工芸のモチーフなどにインスパイアし自身が考案した技法ホログラムズコラージュで再構築して具現化したシリーズ、天上の幾何学シリーズ、抽象シリーズ、ポートレートシリーズなど。 2.オリジナルキャラクターシリーズの制作  ・虹輝龍忍者 開運招き猫 忍にゃ隊  ・南の島の Poo&Loo  ・うちゅのこ  ・きのこブラザース 3.絵画(ペインテイング)、版画、AR(拡張現実)アート、オブジェ作品などの制作  AR作品は無料でARのプレビューができるアプリケーションArtiviveをダウンロード(iPhone / Android / ipad)して、キャラクターをポストカード、版画などの作品の上に召喚して楽しむアート作品です。  Artiviveは、アートの見方を変える革新的なツールです。 直感的なアプリケーションは、拡張現実を使用しアートの新しい次元を作成します。 Artiviveは時間の物語を提供し、アニメーション化されたアート作品へのリンクを提供します。

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 2011年に東日本大震災が起こった。東北や関東の大学に在籍していたことから他人事とは思えず、彼は深い不安を感じ、何かをしなければならないと考えた。だが、何もできず、結局、祈るために自分の手を描き始めた。この時に、satoは芸術家として活動を始めることを決意した。この時にsatoの芸術活動は祈りと同義となった。  芸術活動を開始する際にsatoと名乗ることに決めたのは、アノニマスでありたいと考えたためである。satoの作品は独自性が強いと思われるが、現代の芸術で行われていない技法、手法はもう無いとsatoは考えている。そのためsatoは独自性というものを重視していない。その代わりに他の誰かの代弁者でありたいと願っている。そのためには作家の顔が前面に出ることを嫌う。Sが小文字であるのもそのためである。  また、同じ理由から、satoは現代芸術家を自称するが前衛芸術家とは自称していない。 主な略歴 1996 千葉大学大学院博士課程終了。工業デザイン学専攻。博士(工学) 2011 現代芸術家として活動開始 2014  個展 sato+Lahir=2014(Brown Books Cafe南二条店 札幌) 札幌国際芸術祭同時期開催事業 2016 「40m Tsunami」屋外展示(創成川公園 札幌)(毎日新聞3月12日朝刊にて紹介) 第16回アイディアの美学賞受賞 2017  グループ展 100人展(Ouchi gallery, NY)     個展 Love & Peace & Happy(Ouchi gallery NY) 2018 個展 sato JAPAN TOUR TOKUSHIMA 2018(徳島県立近代美術館ギャラリー) 2019 Art Olympia 2019 準佳作 2020 sato JAPAN TOUR 名古屋 (予定) その他個展、グループ展国内外で多数。

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【近況】 森のアート化プロジェクト レッド・トライアングル・ゾーン公開制作中(里山の再生を願う森の美術館) 制作をはじめて7年目を迎えました。植物のように増殖する大型彫刻を創り続けています。3年目の「クロージングの集い」を境に人生のターニングポイントとして密かに出直しました。昨秋には「もっころ」と言う石コロのように、ころころ奔放に転げ回る作風も生まれました。間伐が必須の里山で原木の伐倒作業から制作ははじまります。鶯のように漂鳥しながら加古川と夢前里山を、制作通勤とでも言うように通い続けています。現在、ゲストルームを5部屋完成。ワークショップ、制作体験、プチセミ、レンタル空間のシェアなど、レジデンスアートプログラムなども計画中。 【略 歴】 1972年 72県展近代美術館賞受賞(兵庫県立近代美術館) 1972年 二科展特選受賞(東京都立美術館) 1973年 文化庁県選抜美術展招待(東京都立美術館) 1989年 加古川市駅前通・彫刻3点設置 1991年 SHO-EN彫刻センター(カリフォルニア州・サンディエゴ) 彫刻10点設置 1992年 ムブージュ(フランス)アーバン・アート・コンテスト指名参加入選 1993年 Bel Age ホテル[ASHKENAZY ギャラリー] (カリフォルニア州・ハリウッド)買上げ 1995年 リトアニア国際彫刻シンポジウム招待/ ヨーロッパ公園美術館・彫刻1点設置 1997年 宮城県・古川中央眼科・彫刻1点設置 2001年 高島屋京都店企画展招待出品  高島屋大阪店企画展招待出品 2005年 明石大蔵海岸Soul Object12点設置 2007年 姫路市阿保南土地区画整理記念彫刻1点設置 2009年 兵庫県神戸市 ハーバーランド・キャナルガーデン苔化 2012年~2019年 里山のアート化Museum「えん/The red triangle zone」プロジェクト進行中(3万㎡) 「もっころ広場&ゲストルーム&多目的空間」制作開始 姫路市yoshitada ihara’s Open Studio ISC提唱 国際彫刻記念日3回開催 マイアミ・アートフェア―参加(アートサークル財団ブース・フランス) その他参加

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【人間ってなんだろうと考えること】 我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか −ポール・ゴーギャン 最近よく頭をよぎる言葉。フランスの画家ゴーギャンの絵のタイトルです。 19世紀を生きたゴーギャン、彼のストレートな絵のタイトルはとってもシンプルに私に問いかけています。タヒチで晩年を送った彼の想いというのは、もしかしたら今の私たちの現状と似ているのかもしれません。発展していく資本主義の傍に、変わらぬ自然の偉大さを感じたはずです。そしてそこに寄り添う様に生きている人々との交わりは一種の現実逃避とも思えます。 2020年、世界中がコロナウイルスにより停止。 日本では2011年の大震災により被災地は無の境地に。 90年代以降、日本の経済は低迷状態。 お金をはたいても得られないものを私たちは幾度となく経験してきたと思います。 大勢の亡くなっていく方や、立ち直らない政治、そしてそこに突っ立ている自分自身をみた時、その都度「人間ってなんなんだろう」という疑問を繰り返しています。 便利なことに頼りきり、そして自身の感覚が鈍り、たくさんの間違いを犯してきたかもしれません。 予測不可能な自然現象を恐れ、人間はそれをも思うがままにしようとしているではありませんか。 間違えてはいけないこと、それは「自然との共存」です。 月日のサイクルに身を任し、自然の力を借りて私たちは生き続けます。 人間だけが許された「美術」という贅沢な方法で、豊かさのあり方をもう一度考える時がきたのではないでしょうか。

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「子どもの頃の記憶」をテーマに作品制作をしています。 「子どもの頃の記憶」と一言で言っても、今自分が目にしている子どもの記憶だったり、自分自身の子ども時代の記憶であったり、自分自身の中にいる子どもの自分の記憶であったりと様々です。 また、その記憶は、人間だけでなく、物質であったり、場所であったりもします。 そうなると、「子ども」の定義ってなんだろう。というところにも行き着きますが、それぞれが持っている本質的な部分、最も正直で素直な部分のことを、私の作品の中ではさすのかもしれません。 最初は、自分の中にある子どもと対話しながら作品制作していましたが、それはまちへ飛び出し、他者が関わることで、私が想像もしなかった多様な価値を与えられる存在となりました。 自分の価値観をこえるためにも、まちと関わりながら作品制作を始めたところ、私の作品はどんどんまちへと広がっていき、いつの間にか細部にも入り込んでいることがあります。 それは、私だけのものではなく、それぞれの心の中にあるものとして、存在しています。 私は子どもの頃、他者とのコミュニケーションが非常に困難でした。 しかし、絵を描いていると人が集まってきて、自然と友達ができるようになり、ちょっとずつ対話ができるようになりました。 ですから、今でも、絵を描いたり、ものづくりをしたりすることで、様々な方とコミュニケーションをとっています。 その過程のなかで、様々な感動を得、多くの方と分かち合ってきました。 「アートってなんとなく敷居が高い」と感じる人がいたり、税金をアートに使うなんてと批判的な人がいたり、生活の中で一番あとまわしにされたりすることもありますが、少しでも多くの人と、アートを通じて感動や、ワクワクを分かち合いたいと思っています。 そのために、自分自身の技術や芸術性を高めつつ、少しでも多くの方にアートに親しんでもらえる面白い仕掛けを日々考察しています。 また、ひとりでも多くの人が自分で自分の足で立てる強さを持てるヒントを提供し続けたいと考えています。 それは、やはり、自分の中の核になっている「子ども」の部分が重要な鍵になってきます。 表面的な優しさや励ましではなく、お腹にすっと入って、少しでも元気がでるような表現をしていきたいです。

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私のコンセプトは「 Empty空っぽ」=「変化していく存在の核」を思考だけでなく、感触や体験をとうして表現している。 身体表現から得た感覚や感触を、絵画・造形・パブリック彫刻・パフォーマンス・インスタレーションなどあらゆる表現をしています。 私にとってart は神聖な領域で、真摯に自分と向き合うピュアなものです。 Tadashi watanabe 渡邉 忠 art career 経歴 シャルジャービエンナーレ(アラブ首⻑国連邦シャルジャー国主催) FIFA ワールドカップ KOREA/JAPAN 主催 フラッグアートフェスティバル(韓国)(針生一郎枠日本代表) TRANS art Communication (スロバキア・ハンガリー・チェコ) ON the EDGES (リトアニア) Curation Presentation ベネチア(イタリア) International Performance Art Festival (韓国) live Performance Document (イタリア) art Performance #5 (フランス・パリ) smith Performance art (イギリス・ロンドン) CAVE ギャラリー(ニューヨーク)個展 TRIBES ギャラリー(ニューヨーク)個展 GALAPAGOS ART SPACE ギャラリー(ニューヨーク)個展及びワンマンライブパフォ ーマンス2回 bpm ギャラリー(ニューヨーク)インスタレーションパフォーマンス TOKI ART SPACE (東京)個展 上田創造館(⻑野県上田市)個展(個展使用は初) Gallery 深志 (⻑野県松本市)個展 Gallery space kurenaui (岐阜県高山市)個展 野外彫刻作品展示(東御市芸術村公園) 設置作品・インスタレーション作品2回 京都市美術館など 国内グループ展&ニューヨークグループ展多数

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テーマは「過去の魂や思い出たちへの救い」 コンセプトは「救われなかった魂や思い出たちが住む世界」 この世では、皆が救われる。そんなことはないと思うのです。 うまくいかなかった人生もあるでしょう。 死を通して人に影響を与えた人もいるでしょう。 すべてが自然でそこに意味はないのかもしれません。 意味を持たせようと思うのはいつか死ぬからこそ、 生きることを喜びと感じる人間の幻想なのかもしれません。 だけどそんな救われなかった魂や言葉、モノたちは 決して人類において無駄ではないと考えるようになりました。 皆の経験や思いや歩みが歴史であり、一度捨てた過去や思い、 その魂はいつか形を変えて、この世の中にまた現れると思うのです。 年月の経った”それ”は時には怪物になり はたまた輝かしい宝石にもなる。 そんな多くの捨てられた救われなかった魂と思い出たちの ために彼らが休むことのできる一つの世界をつくりました。 それが僕が描くこの世界です。 ここでは失ってしまったモノ、愛した動物たち、 そして悲しみ、喜び、言葉にできない感情や 思い出たちが姿を変え、過去を懐かしみ今も あなたを待ちながら暮らしています。 いつしか人々の記憶から消えた時、その世界から彼らは溶けて消えていきます。 そこではゆっくりと暖かい時が永遠と流れています。 見知らぬ土地や街、不思議な生き物にあった夢を あなたはみたことはありませんか? その時はそんな世界にあなたがそっと足を踏み入れた瞬間だったと僕は思います。 あなたのかけらもきっとその世界にそっと生きています。 いつかまた見つけられると信じて。 僕の作品は彼らへの鎮魂歌です。

「私の絵を好きになってもらう!」を合言葉に世界トップクラスのアートフェア、展示会、アート関連誌面掲載と主にヨーロッパ、アメリカ、日本を中心に全世界で活動中。 基本は「建物」「人物」を描いております。色鉛筆画は10代〜30代女性の同性愛や妖艶さをテーマに描き、鉛筆画は主にヨーロッパの建物を中心にした風景を含めて描いています。 色鉛筆といえば人生で一番最初に手にすることが出来る画材の一つです。そしてどんな国でも手にすることが出来る画材の一つでもあります。そんな画材だけで油性や水彩などの画材で描いた絵と同等、あるいはそれ以上の絵が描けると私は思います。特に一般的に想像をする色鉛筆画は「写真のようなクリエイティブな仕上がり」を想像をするでしょうが、私の描く絵は真逆なものです。どちらかといえば「色鉛筆の技法で油絵や水彩画を描く」感覚です。 鉛筆画については主にデッサンで描く場合が多いと思います。だが経験を積めば作品にも変われる画材だということです。 私の場合は最初に大体の下書きが終われば後は円のストロークで描いていきます。同じ濃さの鉛筆でも指先の力の入れ方の違いだけで色を出すことができます。そして円の重なり方だけでも白色に近い色調や濃淡を出すことが可能です。

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学生の頃、人間関係に苦労した経験から人の心理に興味を持つようになり、精神保健福祉の専門学校に入学。 学んでいく中で特に色彩療法や絵画療法に惹かれ、カラーセラピストとしての資格を取得。 その後まもなく、オラクルカードとの出逢いにより目に見えないスピリチュアルな世界のことに触れる機会があり、それが日常的の一部となっていき仕事としても活用していくように。 スピリチュアルと心理の世界の実力者である師匠に弟子入りし、個人セッションの技術を磨いていきながら、パステルアートの講師業にも従事し自身の作品も精力的に制作、販売。 活動していく中で、アート作品に宿るエネルギーが人の人生を大きく変えていく可能性があることを体感するきっかけがあり、自身の作品を手にした人、実物を見た人にも現実好転が起こるとの報告をいくつも受けるようになる。 自らの精神性を磨いていく中で、一番の情熱は芸術作品を創作することにあると確信し、 芸術を通して人の人生を幸福に導いていく活動に生涯を捧げたいと強く思うように。 アート作品から感じられるエネルギーがどれほど人の人生を変えることが出来るか、各々の人生にとってどれほど必要なものであるか、重要なものであるかを広く知って体感してもらうべく活動。 アートの重要性を高め、アートの秘める可能性を追求していき、世界で活躍していく人材を目指す。

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アウトサイダーアーティストのMasahiroNaritaと申します。現在はフランス・パリのコマーシャルアートギャラリーとアソシエイト契約中です。水彩、油絵、グラフィックフォト、デコラティヴ、音楽...など表現方法は多様です。表現自体も具象・抽象を問いません。また、テクノミュージシャンとしても活動しています。 ◆サブスク音楽配信サイト「Spotify」発売中リスト→https://t.co/5Yr5wfMCjk?amp=1 ◆「Beatport」最新リリース曲→https://t.co/pflpf3OnJG?amp=1 私は、幼い頃から自閉の中で一人きりの時間を過ごす事が多く、近所の荒涼とした空き地や誰もいない公園などでよく物思いに耽っていました。 その後の学校生活も孤独、そして内省と共にありました。 自分がいなくても時は確実に刻まれ、やがてその集合は日々という単位に変わる…。 そして、それが大きな流れとなったもの=人生なのだと虚無感交じりに感じていたものです。 世の中は、世界は、たとえ自分が存在しなかった としてもただ同じペースで淡々と 繰り返されていくのだ.. そう感じる私の目に映る虚しく儚い、この世界に何か爪痕を残したい…そういう想いでアートを始めたのです。 ...たった一人でも良いのです。 私の作品を気に入って頂ける方との一期一会の出会いを楽しみにしております。 ※ 「アウトサイダー・アート(outsider art)」とは、特に芸術の伝統的な訓練を受けておらず、 名声を目指すでもなく、既成の芸術の流派や傾向・モードに一切とらわれることなく自然に表現した作品のことをいう。アウトサイダー・アートを作る芸術家をアウトサイダー・アーティストという。

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 人の視神経を通じ脳によって視覚として捉えられ認識された風景を、写真撮影という行為により任意のフレームの中に切り取ること。それが、私の作品製作のプロセスに於ける最初の一手です。ちょっと気になったもの、立ち止まってじっと見つめたくなったもの、それらをただ撮影します。撮影した写真は暫くの間そのまま放っておきます。時間が経ち、撮影した瞬間の記憶がすっかり曖昧になってしまった頃に、それらの写真たちはモチーフとしての魅力を新たに放ち始めるのです。  それらの写真たちは、ある事象の目撃証拠であり、そのときに生じた微妙な心理を確実に残しているものです。既にそこにある出来上がった写真を、新たに出会った風景として再スキャンし、“記録された証拠”と“証拠が残っていない記憶”との隙間に隠れている「体験の本質」を炙り出していくことが、作品制作における私のモチベーションです。  日常の風景の一部をトリミングによって抽出した写真。その全部または一部を更に拡大し増幅することによって現れてくる色彩とフォルム。それらは、我々の傍らに常に存在しながらも隠されていたものです。色彩を炙り出し増幅することで、リアルなものたちが隠し続けるもうひとつの世界が明らかになります。その世界では材質感が希薄になり、光に含まれる色彩が作り出す不可思議なフォルムがどこまでも連続しています。  我々が意識を向けずにいる間は、色も形も無限の可能性を孕んだまま闇の中で息を潜めているだけです。我々が意識を向けることによって初めて光が注がれ、色彩がそこに現れます。光とは、我々の前向きな意識そのものです。あるポイントに眼を向け意識を注いだその瞬間に熱を発し、火薬が爆発するように一瞬だけ輝きを増します。そして闇は取り払われ、予期せぬ色彩と形態が目の前に現れます。普段の生活の中で我々が眼にしている(と、信じ込んでいる)色彩は、風景が潜在的に持っている色彩のほんの一部分にすぎないこと、異次元と日常の間には境目などないことに気付くのです。

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[作品について] 主にアクリル絵の具を使い、混ざり合う途中の色や偶発的な表情を作り出し組み合わせることにより「感覚に訴える絵画」を意識し制作している。近年は抽象的な作品が多く、ライフワークである「Mind Record」シリーズは作者自身の日々の「心の記録」であり、その変遷を映し出している。 ----- 私は日記をつけるときに、その日あった出来事ではなく、その日の気持ちを書いてしまいます。なので何度も同じようなことが書かれています。何をしたか、誰と居たか、が抜け落ちているので、読み返しながらそこにある言葉の断片から、その日のことを少しずつ思い出さなくてはなりません。肝心な、日記としての役割をまるで果たしていないのです。  私は役立たずの日記を、同じように書いては読み返し、その日の出来事を推測します。文字はよくよく見ると、力強かったり、弱々しかったり、殴り書きだったり、滲んでいたり、時々星やハートマークが添えられていて、線や形に滲み出た「感情」が、ゆっくりと懐かしく思い起こされるのでした。  そんな日常の中で生まれる様々な想いを、いつしか鉛筆を筆に持ち替えて、絵の具で表現したいと思うようになりました。日記の揺らぐ文字に沁みでた想いを、絵の具の色や形やマチエールで表わせないだろうかと試行錯誤していく中で、色同士が混ざり合い、美しく呼応しだしたとき、言葉では表現し得ない、想い以上の何かが伝わるような気がしました。  曖昧な境界線やエッジの効いたライン、少しだけ不純物の入ったオフホワイト、布に染み込んだ絵の具や深い痕跡を残すマチエール。鮮やかな色、鈍い色、それらが混ざり合う途中の色。そしていびつに歪んだ愛らしい偶然の産物。制作の中で生まれるいくつものかけらたち。  地球上の様々な出来事に思いを馳せ、自己や他者によって繰り返される破壊と刷新に日々感情を揺さぶられながら、刹那的に移りゆく自身の心の断片が、制作の過程で生まれるいくつもの要素の中に淡く滲んでゆく気がして、今はその愛しいかけらたちを、日々の記録としてキャンバスに紡いでいます。

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私は油絵を用いて、風景から抽出したモチーフで抽象的な作品を描いています。 私が描きたいのは、自然物から感じられる生命の存在です。 そこに息づいているものの存在感やエネルギーを表現したいと思っています。 日頃森の中や土の上を歩いていると、周囲の樹や草、大気、風、湿度、光といった全体の環境から、生命感だけではなくさらに、「人格」や「意思」がイメージされ、それらの存在感に飲み込まれてしまうことがあります。それはいつでも感じるわけではなく、不意におそってくる感覚です。その時その瞬間しか語りかけてこない存在に対して、意思疎通したいという欲求が湧いてきます。 私達には感じ取れない自然物のコミュニケーション方法も実際にあります。 たとえば、森の木々は言葉を使いませんが、地下では炭素を送り合ったりしてネットワークを作っています。森がまとまったひとつの生命のような一体感を感じさせるのは、このことも関係するかもしれません。 なぜ油絵でキャンバスに描くのかというと、彼らの輝きや鮮やかさをストレートに表現したいからです。 モノが生きている、というのは日常の意識からすると、はみ出した認識です。 いわば魔術的世界観です。その感覚はときに色彩の選び方に現れます。 もう一つの理由は、一瞬の感覚に対し、時間の奥行を与えたいからです。 絵画は一つの場面を絵の具の塗り重ねで構築します。それはある場所を定点観測して時間が流れていくのに似ています。一瞬の印象を与えたものについて、意識してより知りたい、感じたい、という欲求を描く行為にトレースしているのだと思います。