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描くことで自分の “言葉” を見つけた画家が目指す “人々をつなぐ” 絵とは【後編】

おぼろげな背景に浮かぶ建物や遊具や人。記憶のもつ曖昧さや儚さを感じさせる作品を描く濱野裕理さん。インタビュー後編では、心象風景を描き続ける理由や絵を通して伝えたいこと、そして今後のチャレンジについてお話しいただきます。

相手に “伝わりやすい” 絵を求めて

—— 現在は、ご自身の心象風景をテーマに描いているとのことですが、いつ頃からどういったきっかけで描くようになったのですか?

学生の頃は、現在の作風とは全く違うものを描いていて。絵の具を塗り重ねて面白い画肌をつくるといった、すごく抽象的で “物質的” な絵をよく描いていました。

ただ、それを続けていくうちに、段々と自分の思っていることやメッセージみたいなものを、もう少しストレートに表現したいなと考えるようになったんです。

いろんな表現を試していくうちに、次第に「自分の想いを一枚の風景にのせる」というイメージが浮かんできて、そして現在の「心象風景」にたどり着きました。

—— なぜ、自分の想いをよりストレートに伝えたいと思うようになったのでしょう?

抽象表現もそれはそれで楽しかったのですが、こちらの意図が相手に上手く伝わらないもどかしさも同時に感じていました。そのもどかしさを解消するためには、もっと分かりやすく、伝わりやすい表現にするのがいいのかなと考え始めたんです。

それまでは自分が作ることに重きを置いていて、楽しみながら描くことはもちろん、制作過程で出会う偶然の面白さみたいなことを大切にしていたのですが、徐々に絵を見る側のことを意識するように考え方が変化していきました。

自分の描いたものが相手にどう受け止められるのか、そういったことを考えるようになって、おのずと表現も変わっていきました。

—— どんなきっかけがあって、見る側のことを意識されるようになったのですか?

大学に進学したことで、人と関わる場面がすごく増えました。社会と接する機会もすごく増えたことで、自然と自分を取り囲んでいる周りの環境や人々に関心を持つようになっていったんだと思います。

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濱野 裕理さんの作品

純粋な気持ちを引き出してくれる “幼少時の記憶”

—— なぜ、ご自身の想いを伝えるためのモチーフとして、心象風景、とくに幼少時の記憶を好んで選ぶのでしょうか?

私には、描くことで自分自身を見つめ直している部分がすごくあります。

自分はどこからやって来たのだろう? 自分はいったい何者なんだろう?って。誰しも一度は、こんな疑問を感じたことがあるかと思いますが、こういったいくら考えても答えの出ない純粋な疑問って、大人になるにつれてどんどん薄れていくというか、考えなくなってしまいますよね。

子どもの頃には当たり前のようにあった「純粋な疑問」というのが、私の中ではすごく大事なものだと感じていて。それと同時に、幼い頃のような純粋な気持ちで絵を描きたいという思いから、幼少の頃の想いや記憶に焦点を当てて絵を描くようになりました。

なので、子どもの頃の記憶であったり、昔 夢の中で見た風景であったり、そういった自分の内面にあるものを押し出すようなイメージで制作をしています。

—— 実際のご体験を題材に描くことが多いのですか?

おそらくは、経験していることがメインになっているとは思います。でも大抵は、いつ経験したのか、いつ見たのかはすごく曖昧というか、おぼろげなものばかりを描いているので、本当に自分が体験したことなのかどうかも定かではないものが多いです。

ただ夢の中で見ただけなのか、昔見た映画のワンシーンが記憶に残っているだけなのか、そんな曖昧なイメージをモチーフに描いています。

—— 昔の写真などを見て描くこともあるのでしょうか?

実際の風景や写真を見ることはほとんどありません。そうやって、意図的に記憶を引き出そうとすることはせず、頭の中に浮かんできたイメージをそのまま描きます。

日常生活の中で、ふとしたきっかけで昔のことを思い出したりしますよね。偶然に思い出したときに、これを描いてみたいなって、描くことが多いです。

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私の絵が “人々をつなぐもの” になったら嬉しい

—— 印象的な風景が多いですが、モデルとなっている場所があるわけではないんですね。

そうですね。風景ではあるんですが、場所はどこか、いつ誰と見たのか、そういった具体性のない絵がほとんどです。これはあそこだ!って特定できるような絵にはしたくないので、できるだけ曖昧になるように描いていますね。

みんなが知っているような、でも知らないような、そんな不思議な空間にしたいなと思いながら描いています。

—— あえて、 “どこでもないどこか” を描いているんですね。

特定できる場所を描いてしまうと、それは私が “実際に” 行った、見た風景になってしまいます。

そうではなくて、私の中から生まれてきた風景ではあるんだけれども、絵を見てくださる皆さんの記憶や思い出とも重なるような風景にしたい。「なんだか懐かしいな」とか「見たことがあるような風景だな」とか、そんな風に見る人の心の風景と、私の描いた風景とが重なり合い、想いが共有される瞬間をつくれたらいいなと。

あえて曖昧なままに留めておくことで、見る人の想像力を引き出し、共感を生み出す。そんな作品を描いていきたいですね。

—— 濱野さんご自身が絵を介してご自身を見つめ直すように、見る側にも絵を通じて、昔の記憶や情景に想いを馳せてもらいたいと。

そうですね。もともと自分が絵を描き始めたのも、コミュニケーションが下手な自分でも自ら描き表現することで、相手に自分の想いを伝えられたことがきっかけでした。

自分の想いを伝えるということはもちろん大事ですが、相手と通じ合える、共感し合える、私の絵がそうやって “人々をつなぐもの” になってくれらすごく嬉しいですし、面白いなと感じています。

—— ご自身が経験した “通じ合う・共感し合う” 経験を、もっと広めていきたいということですね。

伝えたいメッセージもあるにはあるのですが、「私が言いたいことはこれです」と言い切ってしまうのではなく、相手にも参加してもらい、考えてもらえるような「絵」がいいですね。

実は、見に来てくださった方に絵を見てどう思ったのかとか、どう感じたのかなどの感想を聞くのがけっこう楽しみだったりするんです。そこからつながりも広がっていきますから。

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時間や気分によって生まれる “違い” こそが面白い

—— 作品を拝見すると、何度も好んで描いているモチーフがありますね。

自分の描きたいものというか、頭に浮かんでくるイメージというのは結構決まっているんです。昔好きだったものが多いんですけど、その中でもジャングルジムなどは、一時期そればかり描くくらい好きなモチーフです。

あと島に浮かぶ建物。このイメージは、昔からずっと夢の中で見ているような気がしていて、頭の中に強く残っているシーンのひとつです。

常に新しいモチーフを描くというよりは、同じモチーフを繰り返し描くことが多いですね。

—— 個展では、同じモチーフの作品を一緒に展示されるんですか?

はい。最初は同じ絵ばかりで、お客さんが退屈しないかすごく心配でした。でも同じモチーフであっても、描く時期や描いているときの自分の気持ちの変化によって、できあがった絵の印象は全く異なります。最近では、その違いこそが面白いのではないかと感じていて。

昨年6月の個展では、島に建つ家のシリーズばかりを展示したのですが、見に来てくださった方から「すごくいいね」と感想をいただけたこともあって、この見せ方に少し自信を持てるようになりました。

その他にも、「自分に一番しっくりくる(島に建つ家の)絵はこれだ!」なんて言ってくださった方もいて、受け止め方も人それぞれで、すごく興味深い展示になりました。

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本当の意味で “自分を表現できる絵” を描きたい

—— それでは最後に、これから挑戦したいことについて教えてください。

生きているうちは精一杯に絵を描いて、たくさん発表して、いろんな方に自分の作品を見ていただきたいという思いが、最近とても強くあります。現在の活動拠点は、関西が中心ですが、もっと外に向けて自分の作品を発表する機会を増やしていきたいです。

苦しくても、しんどくても、ずっとずーっと描き続けていきたい。そして、本当の意味で “自分を表現できる絵” を描いて、さらにそれが見てくださる方々に何か刺さるものになってくれたらいいなと思いながら日々制作しています。

ずっと平面の絵ばかりを描いてきていますが、今のスタイルだけにこだわらず、自分にしっくりくる表現方法があれば、いろいろとチャレンジしていきたいとも思っています。

—— 絵との出会いによって、 “自分らしく生きる道” を見つけられた濱野裕理さん。柔らかな口調ながらも、「私はこれからも、一生描き続けていく」という彼女の強い決意が終始感じられたインタビューでした。本日はありがとうございました!

文:mecelo編集部 / 写真:上野明季

濱野 裕理さんインタビュー 前編はこちら

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Icon濱野 裕理

美術作家