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まずはやってみる ー 自分の気持ちに忠実に行動してきたからこそ手に入れた“自分らしい生き方”【後編】

「海の近くでゆったり、のんびり暮らしたい」 ー 理想の暮らしを求めて移住し、小田原に残る古い建物や失われつつある風景を描く たなかきょおこさん。後編では、古い建物に惹かれる理由から、表現方法に込めた想い、そして“理想とする暮らし”をどのように選択されてきたのか、きょおこさんの物事に対する捉え方について、お話しいただきます。

失われていくものたちを「記録」したい

—— ヨーロッパでも小田原でも気になるのは古い建物。そもそも、なぜ古い建物に惹かれるのでしょう?

古いものが好きなんだと思います。

もともと建物とヨーロッパの街が好きなんです。ヨーロッパの街って、何百年も前に建てられた建物が今だにきちんと保存されて、残っている地域があるんですけど、それらを見ていくうちに、だんだんと日本国内にある洋館にも目がいくようになりました。

でも、正直なぜここまで惹かれるのか、本当の理由は私にもわからないですね(笑)。

—— いつ頃から好きなんですか?

ヨーロッパが好きなのは、学生時代からです。卒業旅行でも、ヨーロッパを回りました。

建物をより意識し始めたのは、もしかしたら、絵のモチーフとして見るようになったから、という理由もあるかもしれません。それまでは、国内の洋館なんてそこまで気にしてなかったんですけど、絵を描き始めて、これを絵に描きたい!って思うようになってからは、建物をすごく意識するようになりました。

—— なぜ、建物を描きたくなるんでしょう?

単純にすごく可愛いなと思っていて。あとは、小田原もそうですが、古くからあるものがどんどん失われていっているということも理由になるのかなと。小田原には、引っ越してくる少し前までは存在していたのに、今ではもう跡形もなく失くなってしまったという建物がいくつかあります。

古いものを維持していくことは大変なので、後継者がいなくなれば、どんどん失くなっていきます。自分がそれを食い止めることはできないけど、せめて自分が感動したものは、失くなる前に記録しておきたいと思って描いているところがあります。

—— 先ほど、実際には寂れている場所でも、絵の中では人通りを描いて活気づかせるとおっしゃっていました。できれば、活気のある状態を記録していきたいと?

そうですね。建物や風景だけよりも、人が加わることで絵がすごく生き生きとしてくることもあって。

建物や風景って、基本的にはあまり変わらないものじゃないですか。それとは逆に、人はどんどん入れ替わっていくもの。その違いも表現したくて、最近では人物だけ別に描いて、後からコラージュしているんです。

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変わらない風景・建物と、変わり続けていく人々と

—— 直接描くのとコラージュとでは、どんな違いが生まれるのでしょう?

先に描く風景や建物は変わらないもので、後から貼り付ける、少し浮き上がったように見える人々は移り変わっていくもの。別の紙に描いて、後から貼ることで、その差がよりくっきりと現れると思っていて。なんとなく「静と動」みたいなイメージです。

私の中では、建物や風景を描くときと人物を描くときとでは、心持ちもちょっと違うんです。なので、必ず別の日だったり、別のタイミングでそれぞれ描くようにしています。

—— 面白いですね! 絵の中でも、実際の描く時間にも差があるということですか?

そうです。そもそものきっかけは、人物を描くのが苦手で、建物や風景はササっと描けるのに、人物のときだけはすごく行き詰まることから、いっそのこと、どれだけ失敗しても大丈夫なように別の紙に描こうと思いついたことでした。

もともとは技術的なところからの出発点ではあったんですが、この手法により、「時の流れ」だったり、「静と動」といったコントラストだったりを表現することができると気づいて、今はこの手法で制作を続けています。

—— 絵の中でも、リアルでも時が流れているというのが、すごく面白いですね。

ありがとうございます。でも私の中で、建物と人物を描くときのテンションが、面白いくらいに違うんですよ(笑)。

建物や風景って、実際に存在しているものだから、現実からあまりに大きく捻じ曲げて描くことはしません。でも人物の場合は、実際には寂れている場所に人通りを描いたりとか、学習塾が近くにある場所だからと学生をたくさん描いたりとか、けっこう自由に、妄想しながら描きます。まるで架空の物語をつくるように描くので、“らしさ” を大切にしたい建物や風景を描くのとは、別のタイミングのほうが、やっぱり描きやすいんですよね。

—— お話を伺っていると、単に絵を描くというより、変化していく街の記憶を保存しようとして描いている、そのように感じました。

勝手にやっていることではありますけど、「記録」できたらいいなと思いながらやっています。

小田原のパン屋さんを描いたことがあるんですけど、そのお店が今年の3月末で閉店してしまったんです。閉店だけでなく、建物も老朽化のために取り壊されて、今では更地です。

絵に描いたものが、現実の世界ではもはや影も形もなくなってしまったという現実を目の当たりにして、改めて描いてよかったって思いました。お店の方もすごく喜んでくださって、その姿を見たら尚さらそう感じました。

—— 小田原という場所がら、人や建物が減っていくことは、これからもどんどん進んでいきそうですね。

そうですね。世継ぎがいないとか、管理できる人がいないとか。いろんな理由でどんどん失われていきます。都会に比べたら田舎で、土地がたくさんあるおかげで残っているものもあると思います。でも、やっぱりどんどん減っていってはいますね。

—— 小田原は、今後も描いていく予定ですか?

しばらくは続けていきたいと思っています。これまでは建物を中心に描いてきたので、これからは自然や風景も描き残していきたいですね。

たなかきょおこさんの作品

小笠原諸島で見つけた、自分らしい“理想の生き方”

—— 今では小田原をテーマに作品づくりもされていますが、たまたま海の近くという条件で見つけたのが、小田原だったんですよね?

そうです。なので、本当に流れるがままにやって来たというか(笑)。

—— 流れるままにたどり着いた先ではあったけれど、どっぷりハマって、気がついたら街にも貢献されていて。

そうだといいなって、思っています。自分がここに引っ越してきて、すごく気に入った場所だったので、恩返しではないですけど、自分にできることで、小田原の為になることがあったらいいなと思っています。

本当に、流されるままにたどり着いたんですけどね(笑)。

あまり先のこととか目標とか、がっちりとは決めたくないタイプなんです。余裕を持っていたくて。面白そうなことがポンってやってきたときに、パッと動ける自分でありたいと思っていて、そのためには、気持ちに余白をとっておきたい、余裕を持って生活していたいって思うんです。

—— 小さい頃は、自立を目標に、きちんと人生設計をされていましたよね。勉強して、大学へ行って、就職してって。

そうなんです。「そうじゃないとダメだ!」って、当時は思い込んでいたんだと思います。

でもそうやって頑張って、自立できたからこそ、本来の私らしい “ゆるく生きる” 選択肢も選べるようになったのかなって、今は思います。選べる状態になれたからこそ、“自分らしい生き方” はこっちだって気づけて、選べるようにもなったんだと。

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—— 「面白そうなことがポンって入ってきたときに、パッと動ける自分でありたい」という言葉が印象的だったんですが、なぜこのように考えるようになったのでしょう?

最初の会社を辞めてからの半年間が、私の中で大きな転換期だったと思っていて。

会社を辞めたということは、頑張って勉強して、大学に入って、就職してっていう、ひとつの流れを自分の意思で断ったということでもあって、“普通” からドロップアウトしてしまったと、当時はかなりドキドキしていたと思います。

でも、実際にやってみたらすごく快適で。その時期に、小笠原諸島を訪れたんですが、小笠原についた途端、ガチガチだった身体が一気に緩んだんです。

小笠原に来てる人たちって、だいたいが会社を辞めてきた人たちだったので(東京から船で24時間かかるので)、変わった人もたくさんいて(笑)、滞在中は「そんな緩くていいんだ!」って、何度も衝撃を受けました。

朝日を見てから二度寝して、待ち合わせ時間もあってないようなもので、みんな2時間くらいは遅れてくる(笑)。昼間は海でごろごろ、日が傾き始めたら夕日を見に行く。そんな生活に「なんて幸せなんだろう」って感じている自分がいて、ふと「私はこういう生活がしたいんだ」と思っていることに気がついたんです。

—— 最初の就職では、入りたかった会社でやりたかった仕事をして、それなり充実していたのでないかと思います。そのときの充実感と小笠原で感じた幸せとは、全くの別物だったんですか?

全く違うものでした。

仕事の充実感って、何かが上手くいったとか、やりきったときの達成感とか、無事に終わってほっとしているとか、そういう感じのものだと思うんです。でもそれって、常に自分が慌ただしく動き回って、何かをしている状態なんですね。

小笠原で感じた幸せって、“なにもないけど全てある” みたいな、そういうもの。何かをして、結果を出して、また何かをして、というのとは全く違う。自分次第というか、気持ち次第でいくらでも、どうにでもなるっていう、全く違う種類の幸せだと思っています。

—— ぶっちゃけ、小笠原に移住しようとは思わなかったんですか?

さすがにならなかったですね。田舎や離島が大好きとはいえ、やっぱり都会が好きなので(笑)。美術館とか、アートの刺激は受けていたいので。

そういう意味では、いまの小田原って、田舎ではあるけど、都心まではたった30分。この距離感はすごく程よくて、いいですよね。思い立ったら都会にも行けるし、でも普段はゆったりと海を見ながら生活ができる。私には、このくらいの距離が心地良いんだなって思っています。

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怖くても、まずはやってみる ー そこから道が開けていく

—— 会社を辞められたり、忙しいながらも絵の学校へ通ったり、小田原へ引っ越したり。大きな決断を、傍から見ればササッと決められているように見えるのですが、なぜそのようにサクサクと進めていけるのでしょう?

「やってみてから考えよう」っていう考えが、自分の中にあって。やる前からいろいろシュミレーションしてみたところで、絶対にそのとおりにはならないじゃないですか。なので、やってみてダメだったら、そのときに軌道修正すればいいかなって、思っていて。

—— 「やってみてから考えよう」「ダメだったら、そのときに軌道修正しよう」、物事に対してこのように対応するのって、なかなか難しいことだと感じるのですが、なぜこのように考えられるようになったのでしょう?

大小問わず、自分の「やってみたい」「行ってみたい」という気持ちに忠実に決断するということを、何度も経験してきたことが大きいと思っています。

何の保証もないけど、えいやっで決断したら、道が開けて、物事がスイスイと進んでいく。何かを手放したら、必ず新しい別の良いものが次々と入り込んでくる。そんな体験をこれまでに何度も経験してきました。

例えば、住み慣れた関西から東京に行くことに決めたら、ちょうど良いタイミングで、友人からルームシェアの話がやってきたり。東京に出てきて、初めて小笠原諸島の存在を知ったのですが、結果としてそこでの体験が、私の人生における大きな転換になったり。

決断時は怖くても、結果、自分の気持ちに忠実に進めば上手くいくんだって、根拠はないけど、経験からそう学んできて、信じているところはあります。

本当はこうしたい!って気持ちに少しでも気づいているなら、それをやらないと自分が可哀相。他人からなにを言われようとも、そこは叶えてあげたいじゃないですか。失敗するかもしれないけど、失敗したら失敗したで、それはそれでいい。ムダに考える時間をつくるくらいなら、私はガンガン動きだしちゃいたいですね(笑)。

—— きょおこさんは、これからもずっと描き続けていきますか?

実は壮大な野望がありまして...(笑)。100歳までは生きて、そして死ぬまで描き続けたいです。

—— 100歳ですか!?

芸術家って、晩年のほうが良い作品を生み出していると思っていて。私自身、いろんな画家の程よく力の抜けた晩年の作品に惹かれることが多いんです。

なので、私も長い目で捉えていきたいというか、描き続けていくうちに、どんどん変わっていくことも楽しみのひとつだなと思っていて。どうせなら、長く楽しみたいですもんね。

—— どんどん変わっていくことも、ひとつの楽しみであると。

はい。自分が絵を描きつづける動機って何だろう?って考えてみたんですけど、それは “自分の心が動いたものを、自分なりの方法でアウトプットして、それをみんなと分かち合いたい” なんだと。

自分が、心から「すごい!」って感動した気持ちって、必ず作品に表れてくると思うので、作品を通して、その感動を分かち合いたいんです。なので、展示会場に来てくださることはすごく嬉しいですし、さらに直接お話できたら、すごく楽しいなって思っていて。この想いは、これから先も変わることはないと思います。

私の場合、本当に心動かされたこと(もの)しか描けない、描きたくないので(笑)。今は古い建物が好きでたくさん描いていますが、心動かされる対象もこれからどんどん変化していくんだろうなと思っています。

—— のんびりしているけど、かなりお熱いですね!

密かにですけど(笑)。

—— ご自身の「好き」や「やってみたい」という気持ちに忠実に行動し、理想の生活をつくり上げてきた たなかきょおこさん。おっとりした雰囲気からは想像できない、うちに秘めた野望は “100歳まで生涯 絵描き!”。これからも、ご自身の素直な気持ちを表現した絵を描き続けていただきたいです。本日はありがとうございました!

文:mecelo編集部 / 写真:林 直幸

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Iconたなかきょおこ

絵描き、イラストレーター