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2020.09.16サービス終了のお知らせ

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自然が教えてくれる「感動」をたくさんの人に広めていきたい ー 細い筆に込めた熱き想いとは【前編】

細い筆で描かれた繊細な植物・動物と温かみのある優しげな色合いが印象的な作品を描く さかいりょうへいさん。専門学校を卒業して以来、ずっと「絵描き」として活動されてきた さかいさんに絵を描くことになったきっかけや作品についてお話しいただきました。

大学進学への道が閉ざされ、初めて向き合った “自分”

—— いつ頃から「絵描き」として、活動されているんですか?

デザイン系の専門学校を卒業してからは、ずっと「絵描き」として活動しています。

メインの活動としては個展やグループ展などでの発表ですが、その他、お店のカードや包装紙、フライヤーなどのイラスト制作、装画の制作、個人の方からいただく絵のオーダー制作なども行っています。

—— 専門学校に入られた時から、将来は「絵描き」になりたいと考えていたんですか?

僕が通っていた学校では、第一線で活躍されているイラストレーター、デザイナー、その他さまざまな分野のクリエイターの方々を、特別講師として招いた授業を頻繁に開催していました。

第一線で活躍されている方々の話はすごく刺激的でしたし、また、そのような方々から直接学ぶことができた影響はすごく大きくて、そのおかげで、自分の中に「絵描き」としてやっていきたいという意識が芽生えたように感じています。

—— では、専門学校での学びを通して、「絵描き」になることを意識されたんですね。

実は、デザイン系の専門学校に進むことを決めたのは、すごくギリギリのタイミングだったんです。

通っていた高校が、一定の成績が取れていればエスカレーター式に大学に進むことができる学校でした。だから僕も、そのまま普通に付属の大学に進めるものだと思っていたんですけど、部活ばっかりやっていて勉強をおろそかにしていたせいもあり、卒業間近になって、なんとなく行きたいなと思っていた学部に入れないことが分かったんです。

行く予定だったところに行けないという “窮地” に立たされたことで、初めて自分にきちんと向き合ったんですね。「俺はいったい何をやりたいんだ?」って。

02

忘れかけていた気持ちに従って、飛び込んだアートの世界

—— どんな答えが出たのでしょう?

初めて、自分自身をじっくり振り返ってみました。そうしたら、そういえば「絵を描くこと」が好きだなってことに気づいたんです。

小さい頃は、絵を描くのが好きだった兄の影響や、子どものアトリエ(絵画教室)に通わせてもらっていたこともあり、気がつけば僕自身も絵を描くことが好きになっていて、図工や美術の時間をいつも楽しみにしているような子どもでした。

絵を描くことが好きだった、楽しかった、そんな昔の記憶を思い出していたら、「これは一度真剣にやってみたいな」と思うようになったんですね。

—— 自分の素直な気持ちに従って、まずはやってみようと。

そうですね。とりあえず、やってみよう!という気持ちで専門学校に進みました。自分で決めた道を進んで行ってみよう、そんな気持ちでしたね。

でも実際に(アートの世界に)飛び込んでみたら、学校の環境が自分の肌にすごく合ったというか、周りの友だちも皆刺激的で、話も合ったし、何より同じような感覚を共有できたことがとても嬉しくて。

—— 素直な気持ちに従って進んでいったら、すごくマッチした場所だったんですね。とはいえ、突然にデザイン系の学校に行くと決めて、まわりの反応はどうでしたか?

ありがたいことに、うちの両親は「お前がやってみたいなら、挑戦してみたらいい」と言ってくれました。内心では「何をぅ!?」と思っていたかもしれませんが(笑)。快く挑戦させてくれたことには、今でも本当に感謝しています。

さかいりょうへいさんの作品

積極的に “人に見せること” で克服したスランプ

—— 「絵描き」として活動を始められてから、どのくらいになるんですか?

専門学校を卒業して、もう12年ほどになるので、絵描きの活動も12年くらいになります。

—— その間、絵描きを辞めたいと思ったことはありましたか?

「辞めたい」と思ったことは正直ありませんが、“描けなくなってしまった時期” というのは、僕にもありました。どうしても “いいもの” が描けなくなってしまったんです。あのときは、「これはもう本当にやばいな」って思っていましたね。

—— それは、いつ頃のことですか?

たしか、25〜26歳くらいのときです。

—— 何かきっかけがあったんですか?

理由はわりと明快で、私生活でいろんなことが重なったことで、精神的に参ってしまっていたんです。その精神的なダメージがそのままダイレクトに、絵に影響してしまっていました。

03

—— その “描けなくなってしまった時期” は、どのくらい続いたんですか?

何も描けなくなったというより、“自分が納得できるもの” が描けなかった感じです。その当時は、人に見せたくなるような絵がひとつも描けなかったんです。

毎日のように描いてはいたんですが、納得できるものができあがらない、そんな時期でした。それが1〜2年くらい続いたのかな。

—— それをどのように克服されたんですか?

作家の友だちがつないでくれたんですけど、とあるギャラリーのオーナーさんからお声がけいただいて。そのご縁で、何年かぶりに個展を開かせていただきました。

自分が納得できるものは無かったにしろ、絵は描き続けていたので、作品はけっこうな数が溜まっていました。それらをまとめて、個展で発表しました。そうしたら、自分ではこんなの見せられないと思っていた絵に対して、「これ、いいじゃない」って言っていただいたり、中には絵を買ってくださった方もいて。

その個展をきっかけに、自信が戻ってきたんだと思います。見せられないと思いながら描いていた絵も、単に自分が勝手にそう思い込んでいただけだったんだって。いろんなことが重なって、自信喪失というか、気持ちが塞ぎ気味になっていただけだったんだと気づいたんです。

それに気づいてからは、また徐々に作品を発表していくようになりました。

文:mecelo編集部 / 写真:Kana Tarumi

後編では、温かみのある色合いと繊細なタッチが特徴的な さかいさんの描く世界について、コンセプトやテーマなど、根底に秘められた熱い想いを語っていただきます!

さかいりょうへいさんインタビュー 後編はこちら

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