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絵を描くことが好き ー 自分の素直な気持ちを大切にして、これからも描き続けていきたい【前編】

イラストレーターになりたいという夢を持ちながらも、生活に困らないようデザイナーとしてキャリアをスタートさせた熊谷奈保子さん。そんな熊谷さんが、念願のイラストレーターとして活動するに至った経緯やちょっと不思議な作品世界についてお話しいただきました。

デジタルコンテンツのデザイナーとしてスタートしたキャリア

—— イラストレーターになられる前は、会社勤めをされていたそうですが。熊谷さんの経歴を教えてください。

出身は千葉県で、高校までは千葉に住んでいました。大学は、多摩美術大学のグラフィック・デザイン科へ進学して、卒業後は携帯電話のコンテンツ制作会社に就職しました。その後、ノベルティなどの雑貨を企画制作する会社に転職しますが、数年後にイラストレーターを目指して退職。現在はフリーのイラストレーターとして絵を描く仕事をしています。

—— 最初に就職された会社ではどんなことをされていたんですか?

当時は携帯電話の待受画像サイトが全盛期の頃で、おもにそのデザインを担当していました。いろんなキャラクターをつかって、待受画面をデザインするのが仕事で。職場の雰囲気もけっこう自由な感じで、仕事も、スタッフ各々が好きなようにやっている、そんな環境でした。

—— そこからノベルティ企画制作の会社へ転職されます。デジタルコンテンツからリアルなものへと移った理由はなんだったのでしょう?

デジタルなものを作っていくうちに、だんだんと実際に触れるもの、カタチに残るものを作りたいと思うようになったことが一番の理由でした。あとは、昔から雑貨が好きだったので、リアルなものを扱う会社でも、とくに雑貨を取り扱っている会社を選びました。

—— 転職先の会社では、どんなお仕事をされていたのでしょう?

ノベルティ・グッズの企画制作を担当していました。エコバッグとかタンブラーとか、かなり幅広い種類のノベルティを作っていましたね。

そのうち、会社の規模がどんどん大きくなっていくのに伴って、ノベルティだけではなく、店舗の販促ツールとか、商品パッケージとかのデザイン制作も請け負うようになりました。なので、後半は販促ツールやパッケージデザインをよく担当していました。

—— 転職先では会社の成長に合わせて、いろんな経験ができたんですね。

はい。ノベルティ・雑貨の会社では、すごくやりがいを感じて働いていました。

でも、最後の方は「私って、デザイナーには向いてないじゃないかな〜」って思うようになってしまって(笑)。途中から、あれ?なんだかすごく苦しいぞって感じるようになってしまったんです。

02

好きなものしかデザインできない ー 限界を感じたデザインの仕事

—— 苦しくなってしまった。なぜそう感じるようになったのでしょう?

うーん。多分、根がデザイナーじゃなかったんだと思います。

—— といいますと?

大学でグラフィックデザインを専攻したのは、デザインをやりたかったというよりは、将来仕事に困らなそうだなと思ったことが理由でした。なので、デザイン科には在籍していたんですけど、イラストを描く方が好きだったので、専攻はイラストコースでした。

—— 在学中、イラストレーターになるという道は考えなかったんですか?

もちろん、絵を描く仕事にはすごく憧れていました。でも、当時はどうやったらイラストレーターになれるのか、その方法が全く分からなくて。あとは、生活に困らないように生きていかねば!とも思ってもいたので、比較的安泰な “就職” という道を選びました。

—— そうだったんですね。実際にデザイナーとして働いてみて、どうだったのでしょう?

働くうちに、デザインも面白いなって思うようになりましたね。

ただ、ふたつ目の会社で、会社の規模がどんどん大きくなっていくに連れて、任される仕事もどんどん大きくなっていって。そのうちにデザイナーとしての自分の限界を感じるようになってしまったんです。仕事をこなしていくにつれ、自分はデザイナーには向いていないんじゃないかって、悩むようになっていったんです。

—— どういったことがきっかけで、限界を感じられたのでしょう?

私の中で、デザイナーに向いてる人って、まずはデザインすることが好きな人。もうひとつは、デザインするものの対象が、たとえ自分では好きじゃないものでも、相手に喜んでもらえる最高の答えを出せる人。そういう人が向いてるのかなって思います。

私は、デザインする対象そのもののことが好きじゃないと、納得のいくデザインができなかったんです。だから向いてないなって。でも、今でもよく考えますね、どんな人だったらデザイナーに向いてるのかなって。

03

—— デザイナーとして働いていたときは、ご自身の絵は描いていたんですか?

いいえ、ほとんど描いてなかったです。

でも、そんなことではダメだ!って焦って、時間をつくって、グループ展に参加したことがありました。でもいざ「自分の絵を描くぞ!」って描こうとしても、普段仕事で依頼されることに慣れ切ってしまっていたせいか、何を描いていいのかさっぱり分からなくなってしまっていたんです。

—— お仕事では、イラストを描くことはあったんですか?

仕事では、たくさんありました。周りも、私が絵を描くことが好きだと知っていたので、仕事をまわしてくださったりして。仕事では描く機会はたくさんあったのに、自分の絵となると手が止まってしまう... そういう状態でしたね。

熊谷奈保子さんの作品

好きなように生きるために始めたイラストの仕事

—— その後、イラストレーターになるために退職されますが、どんな経緯があったのでしょう?

ひとつは、先にもお話したように、これから先ずっとデザイナーとしてやっていくことに限界を感じてしまったこと。もうひとつは、子供がなかなか授からなかったことです。

当時、結婚してからすでに6年くらい経っていたので、正直、もう(子供が)できないのであれば、もっと自分の好きなことに時間をつかって生きていきたいなって、そう思っていたところもあって。それで1〜2年くらい自分の好きなことをやって暮らしてみようって決めて、会社を辞めて、ずっとやりたかったイラストレーターとしての仕事を始めました。

—— 自分の好きなことに時間を注いでみて、いかがでしたか?

ずっと行きたかったイラストレーターの学校に通ったり、興味のあったワークショップに参加したり、すごく充実した日々を過ごしていました。

ようやく、自分の絵を描くことにも慣れてきて、自分のスタイルや進みたい方向も見えてきて、これだったらイラストの仕事も上手くいきそうだ!なんて思っていたときに、とつぜん子供を授かりまして。ちょうどイラストレーターとして、スタートを切ったタイミングでした。

—— ちょうどスタートしたタイミングだったんですね。忙しいながらも、熊谷さんご自身はとてもよい状態だったのかもしれませんね。

いま考えると、そうかもしれないですね。本当にやりたいことを好きなようにやって、すごく充実した生活を送っていましたので。

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例え “いばらの道” でも選んだ、イラストレーターへの道

—— 先ほど、依頼仕事に慣れきってしまっていて、自分の作品となると何を描いていいのか分からなくなってしまったと言っていましたが、イラストレーターとして活動し始めたときはどうでしたか?

けっこう大変でしたね(笑)。いざ描こうにも、グループ展のときと一緒で、はじめは何を描いていいのか全く分からなかったです。

でも、何でもいいから毎日必ず描こう!って、分厚いノートを買ってきて、ひたすら描くようにしました。人には見せられないような絵でも何でもいいから、とにかくたくさん描きました。

ようやく描くことに慣れてきたタイミングで、今度はブログも始めました。ひとりでもくもくと描いてるだけではダメだなと思って。やっぱり誰かに見てもらわないと成長しないなと思って、ブログに絵を載せるようになりました。

—— 自分にムチ打つ!ではないですけど、スタート時は、なかば強制的に絵を描いていたんですね。

そうですね。下手でも何でもいいから、とにかく描こう!って言って、描いてました。

—— お話を伺っていて、イラストレーターになる道もいばらの道のように感じたんですが、限界を感じたデザイナーを続けていくよりは、いばらの道でもイラストレーターになりたかったのでしょうか?

言われてみれば、そうですね(笑)。

イラストレーターは、本当に小さい頃から憧れていた仕事だったんです。絵を描くと、家族や友人が褒めてくれたり、喜んでくれたりしたことが嬉しかったのをよく覚えているので、その気持ちが忘れられないのかもしれません。

—— 小さい頃からの夢だったんですね。

そうです。絵を描く仕事は、小さい頃からの私の夢だったんです。

文:mecelo編集部 / 写真:林 直幸

後編では、熊谷作品に欠かせないキーワード “ちょっとファンタジー” へのこだわりから、どのようなイラストレーターを目指しているのか、描くことへの想いをお話いだきます。

熊谷奈保子さんインタビュー 後編はこちら

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Icon熊谷奈保子

イラストレーター