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作品を公開・販売中の芸術家

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絵画はいつも私の日常生活の中にありました。 うれしい時、悲しい時、辛い時、絵画は時に私に寄り添い、慰め、また、長い間、同じ時間を過ごしててくれる時もありました。 いつしか私を癒してくれていた絵画を、私も描きたいと願い、社会人になってから会社帰りにアトリエに通い、また、熱がある時も夢中で描いたこともありました。 私は、この何年か療養生活を送ってきました。そのなかで、花を見たり、フラワーガーデンを訪れる機会があり、私の作品の多くは、my gardenや、フラワーガーデンです。それらの景色の多くは、その時にぼんやりと見ているだけのものでした。それらのものを今、少しずつ思い出し、時々、時間が経つのも忘れて描いています。 私を癒してくれた様々な絵画たち、今、絵を描くことで私自身が癒される中、それらを今度は誰かに見ていただけたら、と思うようになりました。 また、私の絵を描く上でのテーマは平和です。 私は、社会人になって、現代における複雑さ、尊さを感じ、また、誰もが努力次第で手に入ると思っていた家族や平和といったものが、必ずしも平等に手にできるものではなく、また、それだからこそ尊く、求め続けていかなくてはいけないと私自身、肌で感じてきました。 世の中の不幸や幸せ、その他いろいろな課題に目を向けて、その中で、自分の理想といったものを意識しながら、絵を描いていきたいと、私自身、強く思っています。

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Kannaは「儀式としての絵」を生む、国内外で活躍するアーティストである。 そして作品ができる過程を彼女は「祭り」と呼んでいる。 茨城の雄大な自然に囲まれて育ち、 絵を描く事で自分の中の何かを表現するようになる。 そして作品は、彼女の自我を超えていった。 「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」 これはゴーギャンの遺作のタイトルであると同時に人間の根源的な命題である。 芸術に宇宙科学、量子力学、分野や時代を超えて、 ヒトはこの大きな問いの答えを求めている。 そしてその全貌がわかる日は来ないのかもしれない。 しかし、私達は確かに感じるのである。 命の誕生、またたく星、自然災害の時でさえ、 壮大な、人知を超えた何かを感じるのだ。 地球上には色々な宗教や信仰がある。 現代の科学により、宗教は力を弱めたという声も聞くが、 今こそ必要なものではないだろうか? 彼女はアーティストとして、儀式としての絵を生む。「祭り」を行う。 命、宇宙、全てのものを創造した何かを想う祭り。 Kannaは絵の具に砂、土を混ぜ、手で本能的に描く。 前の絵柄を消す事を恐れない。 人知を超えた「何か」に、尊敬を抱きながらする儀式。 彼女の祭りにはリハーサルなど無いようだ。 2019年4月、彼女が東京藝大に入学して半年後、 元サザビーズジャパン代表柴山哲治氏がオークショニアを務める藝大オーク ションに出品・落札される。 また、お江戸「上野・浅草まつり」や、「 OTEMACHI ART Lab powered by GEIDAI COI」 「art.0 一芸術と都市の誕生一 」にて製作。 2020年8月にはニューヨークのチェルシー「Noho gallery」にてライブペイント予定である。 ​ (JCAT.com より引用)